会話に対して「共感を求める嫁」と「解答を求める夫」のすれ違いの集大成のようなやりとりに男女で賛否両論…テクニックで補えるのではの声も

https://togetter.com/li/1292990
この会話については、違う見解を持つなぁ。それまでの積み重ねがある感じがするもの。「へー安いねぇ」も言えない人は、「そっかぁ、辛いんだぁ」が言えるとは思えないんだよねぇ。「聞いてもらえた感」がない毎日の積み重ねは、結構相当辛い。

生活費がきついとか、子供が大変だとか、仕事でトラブってるとか、そう、言ったってどーにもならんだろーってことはたくさんある。それを積み重ねていって。話せない、相談できない、「追い詰められる」ってのがあるんじゃないかなぁ?とか思うわけで。

思うにこの手のことを「共感能力」って定義するのが、違うんじゃないかなぁと私は思う。これは共感してるかどうかの問題ではない。共感なんかしてなくても、「へーそうなんだねー」と「相槌を打つテクニック」ぐらいは身につけられる。基本的に、女性はそのテクがないと生きるのがものすごく大変だ。

この手の「相槌抜きで、自分の見解を述べる」を、例えば、ホステスさんがお客にやったら、「接客テクがなってない」って話になると思う。相槌を打つのは「共感」ではない。「相手の話を聞いていることを示す仕草」である。女性的とされる振る舞いにおいて、相槌テクは必須項目、と言っても良い。

娘は息子に「興味がなくても、他の話を始めない。そうなんだーを覚える」って「テクニックの伝授」をしてたよ。共感の問題ではないんだよ、テクニックの問題。一般的に、相槌テクは女性には強く求められ、男性には求められにくい。繰り返すけど「共感」じゃない。相槌はテクニックであり、仕草である。

ノムさんの告白「沙知代よ、君がいない毎日は本当につまらなくて」

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/58482
どんな夫婦にも、やがて離別の日はやってくるもの。球界屈指の愛妻家だったこの人も、その現実に直面した一人だ。妻の一周忌を目の前に、いま何を思い、どう生きているのか。ありのままを語る。

何もできない男が独り
妻・沙知代が虚血性心不全で倒れ、85歳でこの世を去ってから、早いものでもうすぐ1年になる。

だだっ広い家で独り過ごしていると、ふとした瞬間に、あの日のことを思い出す。
忘れもしない昨年の12月8日、寒い日だった。

「大変です。奥様の様子が……」

昼過ぎにリビングでテレビを見ていたら、お手伝いさんが飛んできた。慌ててダイニングに行くと、食事中の彼女が、座ったまま頭をテーブルにつけている。

「どうした?」と聞いて背中をさすってやると、一言、「大丈夫よ」と言ったきり動かない。彼女はどんなときも前向きで弱音を一切吐かない人だったけれど、まさかあれが最期の言葉になるとは思わなかった。

慌てて119番通報した。救急車が到着して、担架に乗せられたときにはもう息がなかった。

救急隊の人が言う。

「病院に搬送しても、もう手の施しようがありません」

頭ではわかっている。しかし、どうにも気がおさまらない。

「とにかく、病院に連れて行ってくれないか」

頭を下げて、無理にお願いした。

病院に向かう車中、横たわる彼女に「サッチー、サッチー」と何度も何度も声を掛けた。

だが、ついに彼女が言葉を返してくれることはなかった――。

嫁や恋人以外の女と旅行に行くのはやめろ

今思えば、何から何まで完全に俺が悪かったのだ。

だからこれは単なる愚痴で、ちっちゃな男の決別の文章だ。

ことの始まりは友人Aが彼氏にこっぴどく振られたので、傷心旅行に行きたいと友人Bと俺のライングループに誘いをかけてきた。

ここで軽く人物紹介をしておく。

友人A:女。いわゆるスイーツ思考の持ち主。人の悪口で連帯感を求めるタイプ。

性格が悪い。

友人B:女。自称毒舌。性格が悪い。

俺:男。流されやすい性格。性格が悪い。

なぜこの3人でつるんでいるのかと言うと、学生の時とある実習グループが一緒で、卒業した後も年に1〜2回集まって愚痴を聞いたりしながらちょこちょこ遊ぶ仲だったからだ。

本題に戻ろう。

Aが「とにかく旅行に行きたい!せっかくなら海外!」と言うので、海外旅行に行ったことが無かったBや俺もつい乗り気になってしまった。

あれよあれよと決めて行く内に南国の国に4泊6日で旅行に行くことになった。

この時点で冷静に考えてみれば防げた事態だったのかもしれない。

このメンバーで4泊も一緒に過ごしたことなど無いのだ。

そもそもこの3人はAが基軸に動いているグループだ。Aが言い出しっぺとなり、Bが賛同し、俺が調整する。そんな仲だった。