会話に対して「共感を求める嫁」と「解答を求める夫」のすれ違いの集大成のようなやりとりに男女で賛否両論…テクニックで補えるのではの声も

2018/11/15 17:10

https://togetter.com/li/1292990
この会話については、違う見解を持つなぁ。それまでの積み重ねがある感じがするもの。「へー安いねぇ」も言えない人は、「そっかぁ、辛いんだぁ」が言えるとは思えないんだよねぇ。「聞いてもらえた感」がない毎日の積み重ねは、結構相当辛い。

生活費がきついとか、子供が大変だとか、仕事でトラブってるとか、そう、言ったってどーにもならんだろーってことはたくさんある。それを積み重ねていって。話せない、相談できない、「追い詰められる」ってのがあるんじゃないかなぁ?とか思うわけで。

思うにこの手のことを「共感能力」って定義するのが、違うんじゃないかなぁと私は思う。これは共感してるかどうかの問題ではない。共感なんかしてなくても、「へーそうなんだねー」と「相槌を打つテクニック」ぐらいは身につけられる。基本的に、女性はそのテクがないと生きるのがものすごく大変だ。

この手の「相槌抜きで、自分の見解を述べる」を、例えば、ホステスさんがお客にやったら、「接客テクがなってない」って話になると思う。相槌を打つのは「共感」ではない。「相手の話を聞いていることを示す仕草」である。女性的とされる振る舞いにおいて、相槌テクは必須項目、と言っても良い。

娘は息子に「興味がなくても、他の話を始めない。そうなんだーを覚える」って「テクニックの伝授」をしてたよ。共感の問題ではないんだよ、テクニックの問題。一般的に、相槌テクは女性には強く求められ、男性には求められにくい。繰り返すけど「共感」じゃない。相槌はテクニックであり、仕草である。

「聞いているよ仕草」をしない、というのは、たとえるなら「電車で、足をガッパリ開いて座っていて、気がつかない」に似ているのだよ。「隣の人のことなんか、他の人なんか、全く全然、気になんかしてないです」を表現している「振る舞い方」。共感がない、とも言えるが、マナーとテクと仕草だ。